福原志保のwiki経歴・高校や両親は?Google正社員でアーティスト活動も!

こんにちは!タンゴです。

10月5日に日本でもようやく発売された、Googleとリーバイスのコラボジャケット・JACQUARD。

これを手がけた一人が、アーティストの福原志保さんです。

福原さんは、アーティストとしての顔も持ちながら、Googleの正社員としてJACQUARDの開発も行なっているのです。

この記事では、

  • 福原志保の経歴
  • 福原志保の作品や活動内容
  • 福原志保の家族・両親や兄弟と結婚

についてまとめました。

世界を舞台に活躍するアーティストの素顔に関心のある人の参考になれば嬉しいです。

福原志保の経歴

福原志保さんは、アーティスト、研究者、そして開発者と、さまざまな面を併せ持ち、世界を舞台に活躍する女性の一人です。

いったいどのような人なのか気になります!

さっそく、経歴をご紹介します。

引用:ACC

怯えてもらいやすいから金髪ということですが、お似合いです。

氏名:福原志保(Shiho Fukuhara)

生年月日:1976

出生地:新潟県

大学:セントラル・セント・マーチンズ卒業

大学院:ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了

語学が好きだった福原さんは、高校でフランス語を専攻していて、卒業後、語学留学を目的にフランスへ渡ります。

高校の名前までは、わかりませんでした。

フランス語に集中するあまり、英語が上達しなかったため、英語を学ぶためにイギリスに渡りました。

ところが、語学学校の隣にあったアートの学校に興味を持ち、そのままアートの大学に進むことになります。

バイオテクノロジーに、アートやデザインの視点をどう関わらせるかに興味をひかれ、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの卒業制作で、故人のDNAを木の遺伝子の中に保存するというバイオプレゼンスというプロジェクトを行います。

そのプロジェクトで、英国科学技術芸術基金のパイオニア・アワードを受賞し、資金を得て、ロンドンで会社を作ります。

その後、フランス外務省特別給費生としてパリのパレ・ド・トーキョーに参加、アーティスト・イン・レジデンスとして岐阜県のIAMASにて滞在するなど経て、2007年には、活動拠点を東京に移します。

活動拠点を移したことで、一旦、会社を凍結します。

代わりに、パートナーのゲオアグ・トレメルたちとアーティスティック・リサーチ・フレームワークBCLというプロジェクト単位で、自由に誰でも出入りできる集団を組んで、活動をしています。

2015年、初音ミクの遺伝子と心筋細胞の展示で話題になります。

現在は、グーグルの正社員・先端技術研究部門のメンバーの一員として開発などを行うかたわら、早稲田大学理工学術院 電気・情報生命工学科でバイオの研究と制作を行なっています。

福原志保の作品や活動内容

GOOGLE JACQUARD™ トラッカージャケットの開発に参画

バイオテクノロジーに、アートやデザインを掛け合わせて、アーティスト、研究者、そして開発者として活動領域を広げる福原さんは、アートに対して、次のように話しています。

私は科学者や技術者ではありません。こういう技術があるよね、こういう使い方もあるよね、と色々な角度から見せる。

アートとは、トップダウンで何かを教えるものではありません。分かりやすい説明をするのではなく、ディスカッションにみんなが参加しやすくする。

世界にある問いに対して、1つの答えを出すのが科学なら、1億くらいの答えを出すのがアートだと思います。

引用:日経DUAL

このアート的発想が、企業にも必要という考えから、Googleの正社員として仕事をすることになったようです。

Googleとリーバイスがコラボした、GOOGLE JACQUARD™ トラッカージャケットは、2016年に、「Project  Jacquard」としてカンヌライオンズでグランプリを受賞しました。

福原さんは、2014年からGoogleの先進技術研究部門 ATAP(Advanced Technology and Projects)のプロジェクトに関わり、開発を務めています。

このジャケットは、布地にATAPで開発された導電糸を織り込み、タッチ操作などジェスチャーコントロールを可能にするJacquardを使用した初の製品です。

Jacquardは、左の袖口に使われており、着脱可能なタグを介してスマートフォンとBluetooth接続しています。

2017年3月にアメリカで発売開始されましたが、洗濯に10回しか耐えられないなど、評判はあまり良くなかったようです。

なかなか、新しいものを実用化するのは、難しいようですね。

このジャケットは、2019年10月5日に日本でもようやく発売になりました。

さらに、Jacquardを使った製品第2弾として、2019年9月にサン・ローランのバックパック「CIT-E BACKPACK」が、発売されました。

バックパックなら、洗濯の心配もそれほどなく、どんな服装でも利用できるというメリットもあるので、今後が楽しみです。

CIT-E BACKPACKは、6月にパリにオープンしたコンセプトストア、サンローラン リヴ・ドロワットでのみ販売、ネットでは、10月11日現在、在庫切れとなっています。

バイオアーティストとして活動

そもそも遺伝子、命、生物というのは誰のものなのでしょうか?

遺伝子というものを、どのように人が捉えるのかという、問題提起をアートを通しておこなっています。

日本では法令が緩いというか、曖昧な部分があり、バイオアーティストとして活躍するには、面白いことができると感じ、日本に拠点を移したようです。

当時、遺伝子組換えから生まれた青いカーネーションが企業の商品になっていることに不思議を感じ、青いカーネーションの根を増やして自家増殖させたり、リバースエンジニアリングの技術を使い青から白に戻すことで、死生観や倫理観を問う試みをおこなっています。

2015年9月から2016年3月に金沢21世紀美術館でGhost in the Cell:細胞の中の幽霊展を開催し、ヴォーカロイドの初音ミクの遺伝子と心筋細胞の展示では、アイドルとしての初音ミクの存在を問いました。

遊び心のある企画としては、鹿のせんべいに、馬の遺伝子をのせた、馬鹿せんべいという作品もあります。

福原志保の家族・両親や兄弟と結婚は?

福原さんは、小さいころから器用なタイプではなかったと言います。

小学校低学年の先生に「壊れた洗濯機」と呼ばれ、納得がいかないことは絶対やらないのに、興味があることにはまっしぐらといった、扱いにくい子と捉えられていたそうです。

しかし、母親はそれに対して怒るようなことはせず、「最後まで諦めないのがあなたの性格ね」と、常に褒めてくれたたので、福原さんは、自分が認められているという実感を持って育ったそうです。

父親は、大学で矯正歯学の研究をしていて、家には解剖の専門書や本物の子どもの頭蓋骨が置いてあったそうです。

父が遺伝の研究もしていたことから、遺伝子にはもともと興味があったようです。

あと、9歳年上のお兄さんがいるということです。

温かい家庭で、両親の影響も受けながら、自由に育ったようですね。

結婚はされているのかわかりませんが、マメ子ちゃんという娘さんが一人いるようです。

おわりに

この記事では、バイオアーティストとして、またGoogleの社員として、世界を舞台に活躍する福原志保さんの経歴をまとめました。

現在は、日本に拠点を移し、遺伝子の存在について問い続けるアート作品を発表しています。

また、開発の仕事を通して、単に問いかけるだけではなく、身近な世界にも影響を与え、今後の活動も気になりますね。

最後まで、お読みいただきありがとうございました。


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